小説

□ふー
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「……最近、黄瀬君が更に鬱陶しいんです」

黒子は、ひどく疲れた様子でそう告げた。髪はボサボサ(もしかしたら寝癖なのかもしれないが)で、元々白かった肌は病的なまでに白くなり、目もとにはくっきりと隈ができていた。寝不足なんだろうか。


「黄瀬の話は後で聞くからよぉ、お前、少し寝た方が良いんじゃねぇか……?」


黒子のその異常ともいえる不健康さに、思わず火神も気遣う。が、黒子は聞こえていないのか話始めた。

「そう、発端は一週間前からです。」










そう、発端は一週間前からです。
えぇ、火神君もいたでしょう?あのストバスの帰り、黄瀬君に会いましたよね。はい、あの時です。少し話して黄瀬君が用事があるから……と帰りましたよね?そのすれ違いざまに、手に紙を握らされたんですよ。
ボクは何かの手紙だと思い、それをポケットにしまいました。で、家に帰って開けて見たんです。……なんだったと思います?
え、お金?馬鹿ですね火神君。…痛いです、殴らないでください。

あぁ、話を戻してもいいですか?
中身は、ボクの1日の行動。ビッシリ。手書きで丁寧に早朝から書いてあるんですよ。……なんですか、その目。黄瀬が怖くなった?あぁ、ボクも怖くなりましたね。友人の域を超えてる?ストーカー?やめてあげてくださいよ。彼なりの愛情表現なんでしょうから。まぁ、火神君の言う通り、やりすぎ感は否めませんがね。
で、そんな感じの紙が毎日、決まった所に置いてあるんですよ。
場所、ですか?ボクの部屋なんです、まぁ……詳しい事は置いておくとして。
不気味なのは、ボクの部屋に置いてあることなんですから。部屋に鍵はついていなくても、玄関の鍵はしっかり閉めましたし、2階なので可能性は薄いですが……窓からの侵入も考慮して、戸締まりはきっちりしました。
でも、置いてあるんです…………。
もしかして、合鍵でも作っていて、嫌がらせをしているのではとも考えましたが…。
もう、何もかもが不気味で仕方が無いんです。
寝ている間に、部屋に入ってくるんじゃないか。そう考えたら、怖くて……。寝れなくて、寝不足で、バ火神君に心配されるなんて。やめてください、痛いです。






黄瀬の話をしてから数分後、自分の机に伏す形で黒子は睡眠を取った。だが、逆に火神が悩む番になってしまった。自分の相棒は、一週間も弱音を吐くこともせず、友人の行き過ぎたストーカー行為を受けてきた事になる。だが、犯人は本当に黄瀬なのか?と疑問に思わない事も無い。何せ、黄瀬の高校と火神達の高校は、県が違うのだから。県が隣同士だからといって、そこにいくまでに掛かる時間や費用を考えれば、誰でも疑いたくなるだろう。手紙を入れるだけに、一週間。しかも、毎日だ。モデルをしているから、それだけの金があるということだろうか。何だかムカつく。
火神は黒子の見た目よりさらさらしている髪に手をのばし、撫でてやる。深い眠りについているのか、少しだけ身じろぐものの、起きる気配はない。
ふと、黒子のポケットに目が行く。普段なら気にする事も無かったのだろうが、さっきの話を聞いた後だったからだろう。黒子のポケットに入っている、白い紙切れらしきものを火神は見付けてしまった。
悪いと思いつつも、好奇心には勝てない。もしかしたら、黄瀬からの手紙を持っていたのかもしれない。ならば、証拠を確認するくらい、良いんじゃないのか?

火神は少しくしゃくしゃになってしまっている紙をポケットから抜き取ると、黒子を起こさないように、慎重に開いた。


「……は?」

思わず息を飲む。











黒子が目を覚ますと、もう放課後になっていた。さんさんと照らしつけていた太陽はすっかり、夕暮れに代わり黒子を朱に照らしつけていたのだった。幸いか、部活は休みだ。
火神に寝不足だと指摘され、相談し、眠っていて、



「火神君め……置いていきましたね」


今日は火神とストバスをする約束だったのだ。幾ら体調が悪いからといって、ストバスをしない理由にはならない。それくらい、黒子はバスケ馬鹿だ。生憎の事に、とても影が薄い為授業中に気付かれ無い事は当たり前、そして皆が帰るときすら気付かれなかったのだろう。火神すら、忘れて−


そこで、違和感に気付く。



(あれ、紙がない)


ポケットに入れていた紙がないことに気が付いた。一瞬、どこかに落としたのかとも思ったが、火神が持っていった。と考えるのが自然だろう。



「……火神君は、マジバですかね?」




どうしよう、このままでは危ない。このままでは、全て終わってしまう。黒子は無意識に駆け出した。もちろん、鞄も忘れてはいない。いつものマジバへと走り出した。












「火神っち、何スか。用事って」


目の前の黄瀬は、ひどく疲れた様子でマジバの椅子に腰掛けていた。それだけでも絵になるのか、周りの、主に女子からの視線が痛い。火神はあまりこういう視線を向けられた事が無いため、どこかそわそわしつつも、黄瀬を見た。
黒子の事で話がある、と呼び出したのは火神だった。黄瀬は、いつものだらだらと長いメールではなく、あっさりした「いいっスよ」という内容だった。この時点で異変を感じていれば、あんな事にはならなかったのかもしれない。


「あのさ、黒子からよ……黄瀬から不愉快?な手紙が来るって話を聞いたんだ。」


火神が試すように、そう告げれば黄瀬は一瞬だけ眉をぴくりと動かし、はぁーと盛大にため息をついた。


「……はぁ、何それ?黒子っち、マジで言ったの」



意味分かんない、黄瀬はそう言って机に伏す。昼間の黒子のようで、酷く既視感を感じるのは気のせいだろうか。


「それ、マジなんスか?」

「あ、あぁ……」

「内容は?内容は、聞いたの?」

「えっと、黒子の1日の行動がビッシリ……だったと思う、です」

「何それ、敬語っスか」


思わず敬語になってしまった火神を、黄瀬は今日初めて笑った。その笑みすら、乾ききってしまっている、ように火神は見えた。
こんなに簡単に、相談された内容をべらべらと喋ってはいけないことはわかっているが、確認せずにはいられなかったのだ。大切な相棒の危機だから、余計に。


「で、結局どうなんだよ」

「んー、半分あってて、半分は誤解っスね」



指を口元にあてて、考える仕草をとる。そして、軽い冗談をいうような軽さで、そう言った。


「半分は、誤解?」


頭の出来が少々悪い火神では、半分は誤解と言うヒントだけではもっと混乱を招くだけの材料でしかない。それをわかってか分からずか、黙りこくってしまった火神に呆れたように笑みを浮かべた。「火神っち、ホント馬鹿なんスねー」と嬉しくないコメント付きだ。



「だから、手紙を送っていたのはホント。でもさ、毎日行動をビッシリ書いてたのは、ウソ。黒子っちの被害モーソーてヤツっスわ。むしろ、俺的には被害者ぶんなよ!て怒鳴ってやりたい位なんスよ?
だってさ、それしてきたのはー…」

「黄瀬君」



言葉を被せるように、その先を聞かせないように、誰かが黄瀬の名を呼んだ。それは、火神の後ろから聞こえてくる。紛れもない、その、声は



「黒子っち、久しぶりっスね」

「はい、お久しぶりです。黄瀬君」



先程まで、お互いの事で悩んでいたとは到底思えない明るい声だ。



「ってか、黒子っち!火神っちに変な事吹き込むのやめて欲しいっス!!黒子っちが、悲劇のヒロインを演じたいのは分かるけど、俺だって変態の役ばっかは嫌っスよぉぉ」


「…役?」



幾らかツッコミたい事はあったが、やっとの思いでツッコめたのは、その一言だ。ぱちくりと瞬きを繰り返す火神は、二人の会話について行けていない。そんな火神を見て、二人は今まで見た事の無い程良い笑顔をしながら宣言した。


「俺達、コイビト同士なんス!!」

「それはもう、お互いを殺してしまいたい位にはラブラブです」

「は、はぁ…」

「で!火神っちが黒子っちを好きにならないようにこんな茶番を仕組んだんスよ!」



ぎゅうう、と暑苦しい位に抱き合って火神に見せつける。どこのリア充だ、爆発すれば良いのに。
そんな火神の雰囲気を感じ取ったのか、2人はバツが悪そうに見つめ合えば、ガタリと席を立った。


「んじゃ、俺ら帰るっス!!」

「火神君、ではまた明日」

「おーおー…、もう勝手にしてくれ」

「………では、また」



嵐が去ったあとの妙な脱力感に見舞われ、火神も机に伏した。迷惑なカップルに、一日中付き合わされて無駄にしてしまった。
かさり、と黒子のポケットから抜き取った紙を落としてしまい、急いで拾う。
開いて、やはり茶番でここまでするのか?と思ってしまうのだ。


【火神黒子には近付くな近付くな近付くな近付くな近付くな近付くな近付くな近付くな近付くな近付くな近付くな近付くな近付くな近付くな近付くな近付くな近付くな近付くな近付くな近付くな近付くな近付くな近付くな近付くな近付くな近付くな近付くな近付くな近付くな近付くな近付くな近付くな近付くな近付くな近付くな近付くな近付くな近付くな近付くな近付くな近付くな近付くな近付くな近付いたら、】


文章はそこで途切れている。この殴り書きのような文字は、本当に冗談で書いたのだろうか?近付いたら、どうされるのか。
そこまで考えて、火神は頭を振った。自分が考えても仕方が無い、2人は冗談だと言ったのだから。


(……黒子の最後、なにかに怯えるような顔だったな)









「ねぇ、黒子っち。火神と仲良くするなって言ったよね?」

「………はい」

「今回はこれで誤魔化せたから良いけど…火神っちの様子じゃ、まだ納得してないみたいだから。もう、今後一切無いようにしてね?」

「……はい」

「これ以上近付いたら……………









火神っちでも、殺しちゃうっスからね」

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